私の「イロハ」19.「ツ」恙無し

今のところそれほど寒くなく、まだ薪ストーブを炊かないでいる。でもボチボチ煙突掃除をしようと思う。

 あらたまった手紙などで「恙無くお過ごしですか?」と書く「恙無く」、あるいは歌「ふるさと」で「恙なしや友がき」などの「恙無し」はあまり日常では使わない言葉ではあるが、今年に関しては「恙無くお過ごしですか」と言えない状況になっている。コロナ禍で世界中が騒ぎ出して一年になる。これから先、いつ治るのか分からないし、2020年はビクビクしながら年末を送ることになりそうだ。

 日頃、音信のない人、あの人どうしてるかな?この人どんな暮らしをしてるのだろう?と想いを馳せる時、例えば昔から、「あの人は同じ月を見ているのだろうか?」など、同時性は想う対象を身近に引き寄せることができるように思える。現代ではテレビやラジオの共時のツールがあって遠くにいて同じものを見ていたり、聞いていたりできたり、(チャットやスカイプのように双方が意識的に据える道具は別にして)漠然とした共時性はあったが、今年ほど濃厚に、世界中の人たちが一点「コロナ」を介して、あるいは同じ事柄に意識を向けている状況は歴史上初めてのことかもしれない。「コンテンポラリー」、芸術の世界では「同時代の芸術」(Contemporary −art )=「現代美術」、con 共通ーtemporary 時代、の如く、世界が同じ時間を共有する(し得る)時代ならではの「現代」なのだろうが、過去に「モダンアート」「前衛(アヴァンギャルド)」「ヌーヴェルヴァーグ」「アート・ナウ」などそれぞれの時代の現代性(現在性)への命名はあるが、2020年はまさに「コンテンポラリー」などと呼べる、今、共通の現象である。

 歌「ふるさと」にあるように同郷、同窓への想いは、みんなで歌えば共有する心の底の熱い想いとして、蘇る。

しかし、2020年のこの共通の想いは今後、何をもたらすのだろうか?

この一年で時代精神が大きく変わろうとしている。働き方の変化、生活様式の変化、人との接し方や社会のあり方、ことさら経済活動の変化。私事でも、外出の機会を減らして、訪問者も減った。町内会の行事も半減して、あっても簡素化された。その分、家の中での活動が増えた。大工仕事、畑仕事、作画、読書(プルーストの「失われた時を求めて」再挑戦)、カラオケで歌わなくなった分、ピアノの練習。とにかく忙しい。しかし、コロナ禍はヒタヒタと迫っている感じもある。日々の報道だけでなく、むしろ報道内容が正確でない分、不信感と不安が拡がる。人伝に隣の町の感染者の情報が聞こえてくる。報道ではほとんど伝えない。

 ギリシャ神話に牧神のパンという半人半獣の神さんがいる。生まれた時に「全て」という意味の「パン」と命名された。今のコロナ世界感染パンデミックのパン、その恐怖にパニクっている(panic )のパン、いずれも牧神パンが語源らしい。

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ドビュッシーの曲に「牧神の午後への前奏曲」がある。

https://youtu.be/j6_hBi_sM6Y

牧歌的な優しいイメージのパンは、時々発する声が凄まじいらしく、それを聞いた羊たちはビックリして右往左往するらしい。それをパニックと言うそうだ。

 

「つつがない」の由来
「恙」(つつが)はもともと「病気」や「災難」という意味であり、それがない状態を指す言葉として「つつがなし」という形容詞が生まれたらしい。 ... 後世になってからある病気がダニの一種による感染症(ツツガムシ病)で起こることが発見され、そこから逆にこのダニがツツガムシと命名されたものである、という。へー?ホントかいな。

 因みに「ツツガムシ病」とは?

  国立感染症研究所によれば

(IDWR 2002年第13号掲載)

 ツツガムシ病はOrientia tsutsugamushi を起因菌とするリケッチア症であり、ダニの一種ツツガムシによって媒介される。患者は、汚染地域の草むらなどで、有毒ダニの幼虫に吸着され感染する。発生 はダニの幼虫の活動時期と密接に関係するため、季節により消長がみられる。また、かつては山形県秋田県新潟県などで夏季に河川敷で感染する風土病で あったが(古典型)、戦後新型ツツガ虫病の出現により北海道、沖縄など一部の地域を除いて全国で発生がみられるようになった。

 

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ダニはどこにでもいるらしく、多分、イエダニに時々やられていると思う。種類によっては有毒のものもいて、とんでもないことになるとも聞くが、パンチの強さはダニよりもムカデやハチ(蜂の季節は過ぎた)の方が怖い。

 深まる秋を心穏やかに過ごすように、ここのところ聴いている曲がある。

https://youtu.be/GIQZgSLXNqU

 

 

私の「イロハ」18.「ソ」卒

「卒」、お馴染み「卒業式」、「業を終える」という意味の行事、誰もが一度ならずくぐってきた経験がある。この「卒」という字の意味をあらためて引いてみると、沢山の意味があって、「卒」のつく言葉も沢山ある。字の成り立ちは衣服の襟もとの象形らしい。

 

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①終わる。終える。

②俄に。あわてる。

③下級。

④身分の高い人の死

など。

「卒業」はまさに①「業を終える」に当たる。「卒倒」や「卒中」は②俄に倒れるなど、ここまではわかるけど、下級兵士を「一兵卒」と言い、「同心」や「足軽」など武家社会で末端の地位にあった人たちは明治時代初期に「卒族」という身分制度に入っていたそうであるなど、低いイメージがあるかと思えば「卒去」、律令制の世界では身分の高い人の死に用いる言葉であったりややこしい。

 日常使われる言葉もいろいろある。

「卒がない」「軽率な人」「何卒宜しくお願いします」など何故「卒」なのかよくわからない。

いつ頃だったか、新しい言葉「卒婚」を耳にしたことがあった。調べてみると、2000年代以降のことらしく、夫婦生活の新しい形態で、夫婦がお互いに干渉することなく個々の人生を歩んでいく生活スタイルらしい。いわゆる従来の結婚形態を終えるが、夫婦の籍はあるので離婚ではないという。2000年以前にも様々な夫婦関係、例えば「仮面夫婦」「家庭内離婚」「家庭内別居」などあったが、それとは違うという主張を明らかにするために「卒婚」と命名したのだろうか。

 「卒」とは少し違うが、人生後半に差し掛かった同じ頃耳にするようになった「断捨離(断舎離)」という言葉。

断捨離のそれぞれの文字には、ヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)に対応して、

断:入ってくるいらない物を断つ。
捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
離:物への執着から離れる。
という意味があると言われている。ウィキペディアでは不要な物を断ち、捨て、物への執着から離れることにより、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を開放し、身軽で快適な生活と人生を手に入れようとする思想とある。私の周りにも「断舎離」を実践している人がいて、「年賀状もやめました」とか「ドンドン物は捨てます」とか。気分は分からなくもない。きっと生活も軽快になるのだろうな。

 私はと言えば、物は増える一方、(何でも貰ってくる、拾ってくるで、)整理できずにいるのに、捨てるという発想がない。どんな物でも「いつか、何かに使える」と思ってしまう。木の端材、分解した電化製品、錆びた鉄材、使えそうにない大工道具、多量の瓦、伐採した木の枝、おそらくもう見ない雑誌、etc。時には管理が悪くてより朽ちていくものも。外の壁に掛けていた過去に出品した彫刻作品も、幾度かの嵐、風雨にあって見事に壊れて、ゴミと化してしまった。

 今まで、沢山の引っ越しをして、その度に物が増えていく。ここに来た時は、引っ越し屋にお願いしたがまる二日かかって、引っ越し屋も荷物の多さに根を上げていた。

 何故、物が増えて、減らないのか?モノへの執着心?整理整頓の能力の欠如?

でも「もったいない」という高尚な精神は持ち合わせてはいない。

ちょっと真剣に分析してみると、多分ものとの関係で、そのモノたちを何か別のモノに作り替えたいという意識は強いと思う。子供の時にかまぼこの板を貰って、船を作った、それが原点かもしれない。今は材料が多すぎて追いつかないが。でも、いつか!

 しかしこのスタイルは卒業できないでいる。

 

私の「イロハ」17.「レ」霊

 昔から、人間は「霊魂」と「肉体」とを持ち合わせていると考えられていて、死によって「肉体」が滅びても「霊」は肉体を離れて存在すると信じられてきた。この場合の「信じる」という精神活動も曖昧で、あまり厳密に考えない方が、特に他人に対する場合、無難である。はっきり「死んでしまえば、そこで何も残らない。霊魂なんてないのだ。」と言い切ってしまうと、聞いた方はあまり良い気分ではない。しかし、個人的には「あの世」、天国も地獄も信じていなくて極めて唯物論的な考えでいるので、「死」による「私という存在の消滅」を想像すると、この世界にもはや自分が存在しないその空虚感を受け止めるのにエネルギーと勇気が要る。

 一方、友人や家族との死別を経験して、その現実を受け入れるのにかなりの時間をかけて、気持ちの反芻を繰り返さなくてはならない。

多分、誰もが経験する、このモヤモヤを解消・処理するために「霊」という概念を創出したのではないかと思う。

 また別に超越的な世界を設けて、宗教的・倫理的あるいは政治的な統治の道具として「霊的なもの」が利用されることがある。

非道徳的なことをすると「こんなことすると罰があたるよ」とか「地獄に堕ちる」と脅されたり、「霊」を神聖化して「英霊」として祀り畏怖の念を持たせる、絶対化して、そのことで「手を触れてはならぬ!」ということになる。

 私は超越的なものに対する人間の想像力にはとても興味がある。死後の世界、神の世界、今流行?のスピリチュアルな世界など。しかし、物事の解決の手段として安易に「超越的な」思考に頼りたくない。とは言いながら、我々の思考そのもの、感情作用全てが、思い込みや記憶・体験に支配されていて純粋理性などというものはないと思う。

 私は幼少の頃、祖母からよくお化けの話や、夜、笛を吹けば蛇が出るなど聞かされたため、結構、怖がりな性格に育ったようで、夜、渡り廊下の手すりに雑巾が置いてあるのを何か得体の知れない小動物と思い、悲鳴をあげて部屋に飛び込んだ記憶がある。親が確認すると雑巾の塊ということで、「この子は怖がり」という烙印を押されて、不名誉なことに未だに怖がりは続いている。生命を唯物的に考えることと、何かを恐怖することとは別のようだ。我々がいるこの世にも、昔から描かれてきた地獄絵図とは少し違うが、地獄的様相はいくらもあるし人生の中で耐えがたい責苦は幾度となく経験しなければならない。それに耐えきれず自ら死を選ぶ人。その先に何を見たのだろうか。

 洋の東西、いろんな民族がそれぞれの神話を作り、その中で天国や地獄を描き出し、生前良き行いをすれば天国に、悪しき行いをした者は地獄へと振り分けられる。

f:id:AchiM:20201110153451j:imageミケランジェロ最後の審判

 

f:id:AchiM:20201110114956j:image地獄絵図

地獄では非物質である「霊」である筈なのに何故か「物質としての肉体」が物理的な責苦を受ける。

あの世は、天国や地獄だけでなくこの世の延長のような普通の魂が暮らす場所もあるのだろうか。

 14世紀イタリア・フィレンツェの詩人ダンテの「神曲」では「地獄編」「煉獄編」「天国編」と別れていて、「煉獄編」は地獄には堕ちなくてある程度の刑罰を受けながら「浄め」を受けて天国受け入れてもらうのを待っている待機組という事らしい。

「地獄」も罪の重さに於いて沢山の階層に分かれている。「天国編」ではダンテの初恋のベアトリーチェに案内をしてもらう。九歳の時に少女ベアトリーチェに一目惚れして18歳で再会する。ベアトリーチェは他の人に嫁いで二十四歳で夭折してしまう。それでもダンテは生涯彼女を思い続けて「神曲・天国編」で案内をしてもらうという。

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この本はいろんな画家がイメージした図版が挟まれていて楽しく読める。画家だけでなく、フランツ・リストは「ダンテを読んで」(いわゆるダンテソナタ)勇壮なピアノ曲を作っている。

https://youtu.be/qulOpRB0O_c

彫刻家ロダンはダンテの「地獄編」の冒頭「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」を作品にした。「地獄の門

 

f:id:AchiM:20201109205526j:imageロダン地獄の門

現代ではダン・ブラウンが『神曲』の「地獄編」に触発され「インフェルノ」を書いて、映画化もされた。

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表紙はダンテの肖像。

この小説のプロローグに

"地獄 "とは、ダンテ・アリギエーリの叙事詩神曲』に述べられた地下世界であり『神曲』ではそこを"影 "ー 生と死の狭間にとらわれた肉体なき魂ー が集まる複雑な構造として描いている。とある。

 

この小説は、今世界を席捲しているコロナ禍を予言させる物語になっている。今年初めにこの疫病が話題になり始めた時、まず 思い出したのがこの小説であった。

 

 

 

 

 

私の「イロハ」16.「タ」対象

「対象」。心(精神活動)が向ける、また眼差しを向ける事物、あるいは人。目的、あるいは向かい合う相手。「対象」という漢字の持つイメージは「相対する像」という関係性が強く、英語ではobject、フランス語ではobjet。など意識を向けられた「事物・人その物」のニュアンスが強いように思える。中学の時英語の授業で、S-V-O-Cなど文型を覚えさされたのを思い出すが、その中でO=目的語と教わるが丸暗記はするものの「目的語」の意味を理解するのはなかなか難しかった。

 美術用語でオブジェと言う言葉がある。私が半世紀以上も前の学生の頃知った言葉で、理解するのに苦労した。彫刻などと共に立体作品として展示されたりしているのだが、それを的確に定義することは難しい。彫刻は字の通り作者の手で彫ったり刻んだりしたものなのでそれに対して、何か既製品や物質的な生なものを提示したものかな、ぐらいの理解。代表的な作品にマルセル・デュシャンの「泉」というのがあり、工業製品としての便器に「泉」という名前をつけて提示したもの。

1917年「ニューヨーク・アンデパンダン」展に出品しようとしたデュシャンアンデパンダン展の委員だったが、この作品の展示を協会に出品拒否され、デュシャンは委員を辞退し作品はその後行方不明にという曰く付き。我々が今、目にするのは殆どがレプリカらしい。

f:id:AchiM:20201103192826j:imageマルセル・デュシャン「泉」

その後、「オブジェ」は現代美術の新しいジャンルになり、1960年代からは沢山の作品を目にするようになって、私の理解では「作品が物質的で、その存在性を問題にしているような作品」と定義することにした。しかし世の中は、具象であれ、抽象であれ置物的なもの、あるいは本来彫刻と呼んでいたものまで「オブジェ」にしてしまっている。

 「対象」に戻ると、意識を「対象」に向けて、そこに至るのは結構難しい。視覚や聴覚など五感を利用して対象に向かおうとするもそれぞれの機能が万全というわけでもない。

 先程、車の免許更新のため、目の検査があり、明るいところから暗い所に入って視力の回復時間を計る検査で1分近く要した。二十代の若者であれば10秒くらいだという。道具としての五感は確実に鈍化していると言うことか。

 意識は「対象」に向かって出かける前にすでに意識の向かう方向を決めてしまっていたり、直接向かうのをやめて寄り道をして、第三者の意見を聞いてから「対象」に向かったり、「色眼鏡をかけて見る」というように意識の主体が「対象」に好みの味付けや、色付けをしてしまっていたり、と意識が「対象」に至りついて「初めまして」と新鮮な出会いになることはなかなか稀なことのように思う。

我々は寄り道が好きなのだ。直情的にダイレクトなことは敬遠しがちである。「I love you 」とか「Je t'aime 」とか言って欲しいけど、心の準備なしに言われるとちょっと引いてしまう。欧米語の場合、目的語(objectif )の「you」「te」がなければ日本語のように「好きです」だけでは意味をなさない。日本人は(言外に意を汲む)省略も好きなのかもしれない。

 近所を車で走っていると「オブジェ」という葬儀屋の看板を見かける。最初見た時驚いた。葬儀屋さんがどのような意図で「オブジェ」という名前の会社にしたのかわからないが、ある意味生々しい。先日、親戚の葬儀に参列した。義母が亡くなられて翌々日の葬儀で、その数時間後のお骨拾いを済ませて一連のお別れの儀式が終わる。生命ある生体、死、亡骸、お骨、この目まぐるしい流転の時間を参列者が共有する。

まさに精神も魂もそこには無い「亡骸、お骨」はオブジェである。不可逆的な事象、それを否応なく目にする。

 

 

 

 

私の「イロハ」15.「ヨ」喜び

秋晴れの風も爽やかな昼前、脚立に登り駐車場の屋根の板張り、一枚一枚長さを調節してビスで止めていく。その作業の途中でふと喜びの気持ちが湧き出してくる。

 それまで、数日悩む事があった。気持ちの中でどのような屋根にするのかの、イメージは作業を始める当初から明確なのだが、綿密な吟味なしに作業を始めて、途中で材料や設計(設計図を描くわけでもなく)変更、あるいは追加を、また、いかに経費を安く上げるか考えながら、結局は突き進む。

 楽なのは、規格のはっきりした材料、例えばコンパネ(90㎝×180㎝)は便利で作業も速く扱いやすい。種類も価格も様々で、少々広いので計算してみるとそれなりの額になりしばしばブレーキがかかる。そもそもコンパネを貼らずに、ダイレクトに波板を張ってもいいのだ、と思ったりする。気持ちは行きつ戻りつ。

 そんな時、数年前に近所の友人からリフォームされた時に貰った床板があったのを思い出し、引っ張り出してきた。三分の一程度は張れそうである。結局、コンパネは諦めて板を張る作業を始めたというわけだ。この時の喜びは、一本一本ビスをドライバーで打ち込んでいく単純な作業行為のリズムだろうか。とにかく、ちょっと前進した。

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 昔、学生の時、先輩に私の目からは超人的に活動的な人がいて、キャンバスパネル(180㎝×130㎝ 約120号)をベニヤ板と角材で一度に十数枚をあっという間に作り上げる姿を見て、「かっこいい」と憧れた事がある。私にはそんなエネルギーはないので、でも何かする時、その人のその時のイメージは私の行動の原動力にはなっている。

 退職後、岡山に来て友達になった建築士Mさんが偶然私の先輩と同じ高校の卒業で、Mさんも日々大工仕事をされていて、その活動は私からすれば超人的だある。その人のエネルギーを側に感じて、大いに勇気づけられている。

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 一連の作業も、私は怖がりで脚立の登り下りも、プロの庭師でも脚立から落ちたとか農機具や大工道具で大怪我をしたり、命を落とした話などを聞くと、ビビってしまう。脚立の登り下りは特に「降りる時が特に要注意」と自分に言い聞かせて降りる。電動ノコも緊張する。

本職でも指を落としたり、数年前、ご高齢の大工さんが足を切って亡くなっている。怯えながらでも頭をぶつけて怪我をする事があり、生きること全てに緊張を強いられている。

 限られた1日の時間と、自分のエネルギーをどのように配分するかを朝起きてから考えるのは楽しい。予定して思ったほどできることは稀で、大概、すぐに夜が来て疲れてしまっている。

 先日、運転免許更新のための高齢者認知テストとその数日後運転講習があり、認知テストは遠距離(車で一時間)でテストの緊張もあってすっかり疲れてしまった。結果はまずまずだったのでホッとしたが、今後何年か先にまたこのようなことを繰り返すと思うと、些か気が滅入る。そんな訳で、免許自主返納する人も増えるんだろうな。

 認知テストの問題で、記憶テストがあって、人伝に「16パターンの絵」が示されてその内4パターンを別の問題を済ませた後、思い出して書くということを聞いていて、ネットでそのパターンが示されていてそれを16パターン全て事前に覚えていったのだが、なんと全く違うパターンが出題された。少々パニクる。辛うじて16パターン中13パターンは思い出せた。

 しかし、後で分かったことだが、16パターンが4種類あるらしく、それぞれのカテゴリーは共通で、最初に覚えていったものにカテゴライズして覚えていればよかったのだ。例えば「大砲」→「武器」→「刀」、「ライオン」→「動物」→「馬」という具合に。まあ、次回受ける時には様子・内容も変わっているだろうけど。一つの記憶術は勉強になった。ちょっとした喜び!

 

私の「イロハ」14.「カ」悲しみ 哀しみ 

 我々人間は、日々の生活の中で悲しい体験や喜びの感情をまるで打ち寄せる波のように受け続けている。個別の体験の場合、例えば「別れ」や「喪失」のような場合もあれば、社会全体の災禍「まさに2020年、今の現状」によるものもある。あるいは人間存在の通奏低音のような悲哀感もある。

 葬儀の場でBGMとして時々耳にする音楽、サムエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」という曲がある。私はそのことに違和感を持つけれど、確かに、死者を送るその場の空気(音の流れ)となり参列者にまとわりついてくる。

https://youtu.be/s9xrUotL7wc

 しかし、同じ曲なのだが、ストコフスキーの演奏は多分、葬儀・葬送にはむかないと思う。あえて言えば、この演奏は「空気」ではなく生きた「魂の叫び」が実態として激しく我々に聴かせる。いわゆるBGMではないからだと思う。

https://youtu.be/HRZIc_Q0t8c

 古来から、悲劇、喜劇は物語として、音楽としてまた絵画や彫刻などのモティーフとして数々の作品がある。

 

悲しみのレアリズムと言えそうなチャイコフスキー交響曲「悲愴」。なんでこんなに哀しいのか、分からないけど、とにかく悲しみが渦を巻いて心を鷲掴みにして揺り動かす。

https://youtu.be/BVkWCHgOxw8

一方、人間存在そのものが「悲しみ」であるようなベートーベンのピアノソナタ「ハンマークラヴィーア」の第三楽章

https://youtu.be/6qzDUOiyYz0

舞踏のリズムでありながら哀しい旋律、シベリウスの「悲しいワルツ」

https://youtu.be/PoI7iCFZXXA

美しい音楽を聴いて悲しいのは何故だろう。そして何故か、時々意識的にわざわざそれを求める。そしてそこに浸り、時には涙する。こう言うの、心理学的に何とか言ったなあ?

… 思い出した!「カタルシス」(浄化)だ。「映画や演劇で悲しいシーンを見て泣けてくるのは、実は自分に類似した体験や記憶と重ねているからなので、こうした人ほど、涙のカタルシス効果が高く、泣くことがストレス解消になる」ことらしい。人類は古くからストレス解消法を編み出していたということか。古代ギリシャやローマで立派な劇場が数多く作られ、悲劇を観て涙を流し、喜劇で腹を抱えて笑っていたのかと想像する。

 悲しみは、昨日の友達の振る舞いであったかもしれないし、一月前の何某かの手違いで会えるはずの人に会えなかったとか、2年前の古くからの友人の急な他界の際の虚脱感であったり、20年前の切れてしまった友情だとか、諸々の体験によってもたらされた数多くの「悲しみ」が消えることなく心のどこかに蓄積・堆積しているのだろう。

 あるいは根強くある社会的な理不尽さ、民族差別や支配・被支配を思うと、悲しみよりも怒りの感情の方が強い。そのような社会事象をモティーフにした芸術表現は、我が国でも、ひと頃「社会派」とカテゴライズされながらもエネルギッシュに存在していた。

 今日、テレビの番組(報道特集)でホワイトハウスのフェンスに貼られてた「黒人差別」の抗議ポスターや「ブラック・ライズ・マター」の巨大文字をニューヨークの大通りに書いている映像があった。黒人というだけで白人の警官に理不尽に殺される、その現実を見て、もはや悲しみの感情ではない。このやるせない怒りをどうすればいいのだろうか。

 一方、権力に近ければ何をしても許される国に対する怒り。

 数々の目の前に日々繰り広げられる現在の社会にいおいて、芸術表現はどんな意味があるのだろうかと思う。f:id:AchiM:20201024212334j:image

我が国では、国も国民もこのような抗議表現はおよそ無理だろうなと思うこと、そのことが悲しい。

大阪都構想」に街頭で山本太郎が反対演説をすれば警察が来て排除する。その後維新の街宣車で「大阪都構想」の街頭演説をやる。今や権力にたてつけば排除されるのが当たり前になってきた。そんな時代である。

 年齢のせいか映画や演劇、テレビドラマなどを観る機会が本当に減ったと思う。むしろ「観たくない」と避けているとも言える。

 彫刻の世界で印象的なのは、ミケランジェロの「ピエタ」。ミケランジェロは生涯この「ピエタ」のモティーフで4作品を作っている。

ピエタ」(哀れみ)は処刑され十字架から降ろされたキリストをその母マリアが悲しみの中で抱き上げる場面、多くの画家や彫刻家がモティーフにしてきた。キリスト教の受難の象徴的な話ではあるが、ミケランジェロはこの主題の中に何を求めていたのか?『サン・ピエトロのピエタ』以後、全て未完で、晩年最後まで追求していたものとは?

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f:id:AchiM:20201023230453j:imageフィレンツェピエタ

f:id:AchiM:20201023230508j:imageロンダニーニのピエタ

 

 

 

 

私の「イロハ」13.「ワ」ワダツミ

「海神」ワダツミ、古代の響を感じる言葉。学生の頃、明治時代の画家、二十八歳で世を去った青木繁の作品「わだつみのいろこの宮」の絵を画集で見たとき、この不思議な題名、絵の魅力とは別に、意味もわからず、音の響きに魅せられた記憶が蘇る。

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この絵の物語は『古事記』21話に記されている「海幸山幸・綿津見の宮」の話。山幸彦が海幸彦に借りた釣り針をなくしてしまい、兄の海幸彦のその物を返せという意固地さに、途方に暮れていると、潮路の神の計らいで海の底にある海神の国に行くことになり、そこで海神の娘、豊玉姫に出会い、彼女は一目惚れで山幸彦と結ばれる。そしてそこで3年暮らす。

 青木繁の絵は、潮路の神の予言通り、山幸彦が宮殿の前の桂の木の上で待っているところに侍女と豊玉姫が現れる情景である。立ち上っていく泡が辛うじて海の底とわかるが、そこにカツラの木があるのも不思議。そして水瓶の水を飲まないで玉を瓶の中に吐き出した。その玉が後々絆の証になるのだが。

 物語の続きは、海神は配下のワニ達を集めて山幸彦が失くした海幸彦の釣り針を見つけ出し、故郷に豊玉姫を連れて帰ってくる。その豊玉姫は身籠もっていて、出産の場面をを見ないように言われたにもかかわらず、山幸彦が覗いてみると、何とワニがのたうちまわっている。見られた豊玉姫は恥ずかしさのあまり子供を残して海神の国に帰ってしまう。というおはなし。

 古代神話(記紀)でワニはしばしば出てくる。例えば、ワニを騙して丸裸にされた因幡の白兎、事代主命が「ワニ」に化身して大阪三嶋の溝杭姫(亦の名、玉櫛姫)の許に通って、そして児、姫蹈鞴五十鈴姫命を生んだ、など。

 青木繁の絵に戻ると、海に関する絵、代表的な「海の幸」、あるいは古代神話に関する「オオナムチノミコト」(丸裸にされたウサギを助けてやった大国主命)の復活の絵。

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この絵はオオナムチ(大国主神)の受難というおはなし。兄弟の神々の嫉妬で何度も死ぬがいろんな女性に助けられる。この時の女性のモデルがまた「海の幸」のモデルは青木繁の恋人福田たねだとか。

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因みに

福田 たね(ふくだ たね、1885年(明治18年)1月25日 - 1968年(昭和43年)5月17日)は、画家でもあり、青木繁らとスケッチ旅行中に青木繁の子を懐妊 。音楽家・福田蘭童の母。 元ハナ肇とクレージーキャッツ石橋エータローの祖母。しかし2年後、青木繁と離別。

 

 我が国、日本はかつて農業国であると同時に海洋国でもあった。古代人は大方あちこちから何世紀にもわたって波状的に海を渡ってこの列島にやって来たので、それぞれの集団は海にまつわる伝承なり物語を持っていると思う。場合によってはただこの列島を通過しただけで南北アメリカ大陸に居を構えた部族もいたのだろうと思う。

 そんな中、ワニの話が幾つもあるのが当然かもしれない。

出雲国風土記では意宇郡で語臣猪麻呂の娘が「和爾」と遭遇して食べられ、猪麻呂が海の神に祈って復讐を果たした説話、仁多郡で「和爾」が玉日女命を慕って川を遡上したことにちなんで恋山と名付けられた説話が収録され、肥前国風土記では海の神である「鰐魚」が多くの小魚を従えて川を遡上し世田姫のもとへ通う説話が収録されている。

しかし、日本には鰐はいなかったので古来からそれらしい動物、龍(想像の動物だが)やサメなどを想定して諸説入り乱れている。