私の「イロハ」24.「ウ」宇宙

「宇宙」に関して人類が考えてきた歴史は、人類の想像力の多様性の歴史でもあり、我々現代人が知るところの膨張宇宙論はまだ100年ほどのことでしかない。宇宙開闢のビッグバンが137億年の昔に起こり宇宙が今のように見渡せる状態になった宇宙の地平は100億年…

私の「イロハ」23.「ム」夢想

正月が明けてから寒さが厳しくて、外での作業も減り、コタツに入って物思いに耽る時間が増える。今年、予定している作業としてギャラリー第二室として隣接している蔵の改造を考えているが、友達には最初のギャラリーが完成した時「次は2年後に完成させる」と…

私の「イロハ」26.「ノ」脳

「脳」。人間の思考や精神作用(心)が脳と言う器官でされていると考えるようになったのはそんなに古い話ではないらしい。古代ギリシャのアリストテレスは、心(精神)の場として心臓を考えていたという。また医学の祖ヒポクラテスは感覚器と脳がつながって…

私の「イロハ」22.「ラ」落陽

夕方の散歩を終えて我が家に着くと、ちょうど背後にある小高い山の向こうに日が沈む時、その反対側の家の背後の雑木林の山?が黄金色に輝く。そんな風景を毎年、初冬の数日見ることができる。すかさず、スマホ(カメラ)を取り出して、輝く雑木林に向けたと…

私の「イロハ」21.「ナ」ナビ

「ナビ」navi のもとになった動詞navigate、ラテン語の<navigare>が起源で、navis=船 agere=操舵するが語源だそうだ。海や川を航行する、派生語のnavigation「航海」、navigator「航海士」。 突然、昔見た映画を思い出す。1985年、フェデリコ・フェリーニのイタリア</navigare>…

私の「イロハ」20.「ネ」根

家の庭仕事をしていて、大変なのは旺盛に蔓延る「ドクダミ」「アップルミント」などの処理である。気を許すととんでもなく広範囲に勢力を拡大してくる。鍬で削って通路を整えようとするも、その下の層にも根が張り巡らされ、それを除去すると白い紐状のもの…

私の「イロハ」19.「ツ」恙無し

今のところそれほど寒くなく、まだ薪ストーブを炊かないでいる。でもボチボチ煙突掃除をしようと思う。 あらたまった手紙などで「恙無くお過ごしですか?」と書く「恙無く」、あるいは歌「ふるさと」で「恙なしや友がき」などの「恙無し」はあまり日常では使…

私の「イロハ」18.「ソ」卒

「卒」、お馴染み「卒業式」、「業を終える」という意味の行事、誰もが一度ならずくぐってきた経験がある。この「卒」という字の意味をあらためて引いてみると、沢山の意味があって、「卒」のつく言葉も沢山ある。字の成り立ちは衣服の襟もとの象形らしい。 …

私の「イロハ」17.「レ」霊

昔から、人間は「霊魂」と「肉体」とを持ち合わせていると考えられていて、死によって「肉体」が滅びても「霊」は肉体を離れて存在すると信じられてきた。この場合の「信じる」という精神活動も曖昧で、あまり厳密に考えない方が、特に他人に対する場合、無…

私の「イロハ」16.「タ」対象

「対象」。心(精神活動)が向ける、また眼差しを向ける事物、あるいは人。目的、あるいは向かい合う相手。「対象」という漢字の持つイメージは「相対する像」という関係性が強く、英語ではobject、フランス語ではobjet。など意識を向けられた「事物・人その…

私の「イロハ」15.「ヨ」喜び

秋晴れの風も爽やかな昼前、脚立に登り駐車場の屋根の板張り、一枚一枚長さを調節してビスで止めていく。その作業の途中でふと喜びの気持ちが湧き出してくる。 それまで、数日悩む事があった。気持ちの中でどのような屋根にするのかの、イメージは作業を始め…

私の「イロハ」14.「カ」悲しみ 哀しみ 

我々人間は、日々の生活の中で悲しい体験や喜びの感情をまるで打ち寄せる波のように受け続けている。個別の体験の場合、例えば「別れ」や「喪失」のような場合もあれば、社会全体の災禍「まさに2020年、今の現状」によるものもある。あるいは人間存在の通奏…

私の「イロハ」13.「ワ」ワダツミ

「海神」ワダツミ、古代の響を感じる言葉。学生の頃、明治時代の画家、二十八歳で世を去った青木繁の作品「わだつみのいろこの宮」の絵を画集で見たとき、この不思議な題名、絵の魅力とは別に、意味もわからず、音の響きに魅せられた記憶が蘇る。 この絵の物…

私の「イロハ」12.「ヲ」ヲタク

そもそも「ヲ」あるいは「を」という言葉は、現代の国語では助詞としてしか使用しないことになっているらしいが、昔は名詞にも使われていて「お」の音よりも幾分違っていて「wo」のようなより口を尖らせて発音した時代があったらしい。時には明確な違いが無…

私の「イロハ」11.「ル」ルーティン

私が「ルーティン」という言葉を知ったのは、ラグビー日本代表の五郎丸歩が2015年ワールドカップの活躍で「五郎丸ポーズ」として流行語になった、ゴールキックを蹴る前、ゴールポストを見ながら腰をかがめ、両手を胸の前で合わせて拝むような一連のポーズが…

私の「イロハ」10.「ヌ」ヌ・ム・キ・トゥ・パ

私の好きなシャンソン歌手、ジャック・ブレルが歌う曲「行かないで」、「ne me quitte pas」歌詞が強烈である。1959年にベルギーのシンガーソングライター、ジャック・ブレルが書いたフランス語の曲。 フランス語の詩情と日本の歌に求める詩情は随分違うなあ…

私の「イロハ」9.「リ」旅行

月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。奥の細道 「旅行」と「旅」 このニュアンスの違い、「旅行に行く」と言い、「旅に出る」と言う。「チョット旅に出る」と言われると「ヒョットして帰ってこないかも」という響きがどこかにある。フーテン…

私の「イロハ」8.「チ」地球・地図・地名

アトラスという巨人が地球を担いでいる絵をみた記憶を、確認すると地球ではなく天球を担いでいた。ギリシャ神話のアトラス、名前は「支える者」・「耐える者」・「歯向かう者」を意味する古印欧語に由来するらしい。ギリシャ神話の神々は苦役を強いられるこ…

私の「イロハ」7.「ト」鳥

この岡山の家に来てから12年になる。家の周りは山や林、田んぼが多いこともあって、四六時中、鳥や虫の声が絶えない。声だけでなく鳥達と関わり合ったり、追い払ったり、一緒に歌の練習をしたり、可愛く思えることもある。 レリーフ「鳥の歌」 まだ、リフォ…

私の「イロハ」6.「へ」蛇

我が家でも時々お目にかかる「蛇」、愛すべき存在ではないがわざわざ虐めてやろうという気にもならない。種類は、よく見かけるのは青大将とマムシ。マムシはこの地元では「ハミ」と言っている。道路で車に轢かれてひしゃげているのをよく見る。青大将は家の…

私の「イロハ」5.「ホ」星

「星の王子様」で有名なサン・テグジェペリの「人間の土地」の中でサハラ砂漠に不時着した時のことが書かれている。いくつもある砂の小山のテッペンで寝そっべって夜空を見上げれば、まるで宇宙の中にいる様であるという体験。「ぼくははっきりこの天と地と…

私の「イロハ」4 「二」人間

「人間」というタイトル設定、デカすぎて少々安易な感じもする。捉え所のない言葉の代表かも知れない。生物学的、あるいは進化論的な「人間」は別の機会に回すことにして、 まず日本語の「人間」という表記「人ー間」の概念が「人」ではなく「間」、日本の文…

私の「イロハ」3.「ハ」波動

「波動」と言えば波のことで我々を取り巻く自然界にいろいろな形で存在している。水面に広がる「波」空気があれば「音波」目に届けてくれる色んな波長の「色」どの様な媒体で伝わるのか不思議な電磁波、重力波というのもある。 最近耳にしたニュースで、二つ…

私の「イロハ」2.「ロ」路地

子供の頃住んでいた家の周りは、各家の間に人一人通れる狭い空間がたくさんあった。それを「路地」というのだろうか。子供にとって格好の遊び場で、「かくれんぼ」や「鬼ごっこ」で駆け込んで、抜け道にもなっているので最高の隠れ場所になる。陽も当たらず…

私の「イロハ」1 「イ」イリュミネーション

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災後の阪神地区にて「復興神戸に明かりを灯そう」という意図で1995年に始まった「ルミナリエ」というイベントがある。毎年、凄い人出で、聞くところによると、逆行することも立ち止まることも出来ず、ひたすら人の川に…

私の「イロハ」

「私の歴史探訪」を四十五回で少しお休みにして、新たなシリーズを試みます。 以前、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズ(1925〜1955)の「アベセデール」というインタビュービデオを観た。「A〜Z」までの言葉をインタビュアーが提示して、ジル・ドゥルーズが…

私の歴史探訪 45.アール・ブリュット

2008年3月、滋賀県近江八幡市で「アール・ブリュット/交差する魂」(ローザンヌ アール・ブリュット・コレクションと日本のアウトサイダー・アート)という展覧会があった。同時に近江八幡市文化会館で記念講演も行われた。 ローザンヌ アール・ブリュット…

私の歴史探訪 44.古民家再生③

建物の基礎を担う束石、昔は天然の石を置いてその上に床束、大引が載る。根太を渡して床を張る。年を経ると、それぞれの束石が勝手勝手に沈むので、この家の場合、南北に10センチほどの傾きになり、襖は動かないし、戸は閉まらない。それで、友達に手伝って…

私の歴史探訪 43.古民家再生②

家の歴史。ほとんどこの家の事を何も知らずに引っ越してきたが、ここ彼処に歴史を思わせる物があり、その都度、立ち止まりその時代に想いを馳せる、これがちょっとした楽しみである。文久年間(1861〜1864)にこの家(先住の人)から新家になった第一号だと…