私の歴史探訪 13.三女神

13.三女神

琵琶湖の北に浮かぶカワイイ島、竹生島。小さい割に存在感があって琵琶湖の風景として美しくもある。「碧玉のような」と形容する人もいる。謡曲竹生島』では「緑樹影沈んで魚樹に上がる」と謡われているそうだ。

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父が水墨で描いた竹生島

 前にも書いたけど、多多美比古命(伊吹山の神)が、姪で浅井岳(現在の金糞岳)の神である浅井姫命と高さを競い、負けた多多美比古命が怒って浅井姫命の首を切り落とした。その首が琵琶湖に落ちて竹生島が生まれたという。金糞岳(標高1,317m)は滋賀県2位の高峰で、最高峰の伊吹山(標高1,377m)は、竹生島の高さを差し引いても、本当は淺井岳は2番目だったというわけである。

 私は毎年のように墓参のために長浜に行き、この早崎町にある竹生島を眺めはするものの、この島に行ったことはない。東に伊吹山、西に竹生島を眺めるだけ。

竹生島には神社があって、都久夫須麻神社(竹生島神社)という。主祭神は市杵島比売命; 宇賀福神; 浅井比売命; 龍神(八大龍王)、神数も多く、そこにお祀りされている神様は歴史的には相当複雑な経歴をお持ちのようだ。

 竹生島の周辺湖底からは、縄文土器が多数発見されていて縄文時代から祭祀の場所であったらしい。

祭神について、滋賀県神社庁長浜市は当社の由緒書の記述に基づいて市杵島姫命、宇賀福神、淺井姫命の3柱としている。一方で、当の都久夫須麻神社は、宇賀福神と龍神(八大龍王)を別神として列し、4柱としている。

 

市杵島比売命(イチキシマヒメノミコト)
別名、竹生島大神(ちくぶしまのおおかみ)。宗像三女神のうちの一柱。
元来は日本古来の水の神。神仏習合においては本地垂迹では弁才天に比定され、同神とされた。


宇賀福神(うがふくじん)
宇賀弁才天の別名。宇賀弁才天とは、出自不明の蛇神である宇賀神(ウカノカミ、うがじん)と習合する形で、中世日本において作為された、弁才天の一形態である。
 

浅井比売命(アサイヒメノミコト)淺井姫命
産土神の一柱。
当社に関する最古の縁起である承平縁起はこの女神のみを祭神としており、竹生島縁起が形作られる初期から存在した唯一の神と考えられている。


龍神(りゅうじん)
その実は、八大龍王の一尊である黒龍(こくりゅう)
黒龍堂前の鳥居の扁額によれば、黒龍大神と黒龍姫大神の二柱。

 

市杵島比売命(イチキシマヒメノミコト)と言えば、宗像三女神宗像大社が祀る、沖津宮の「田心姫神(タゴリヒメ)」、中津宮の「湍津姫神タギツヒメ)」、辺津宮の「市杵島姫神イチキシマヒメ)」の一神である。なぜこの神だけ竹生島にいるの?しかも宗像大社(福岡県宗像市)の神が?『日本書紀』の天照大神素戔嗚尊との誓約の段で生まれてくる三女神。しかし、『古事記』では奥津嶋姫(田霧姫)、市杵島姫(狭依姫)、湍津(たぎつ)姫。この不一致。ややこしい。おそらく、『記・紀』編纂の前にあった神をどう都合よく位置付けるかあれこれ考えていたんだろうな。竹生島神社にはいないけど、その参道にあたる向かいの早崎町にある五社神社では祭神の一柱に奥津嶋姫がみえる。うまくすり抜けた感じ。祭神 天照大神 素盞鳴命 多紀理比売命 奥津島比売命 市杵島比売命。なるほどたくさんの中に紛れている。山田郁郎氏は、水沼君が近江に移動後玄界灘の「沖ノ島」の祭神を宗像神と呼ぶようになったのではないか、と言っている。。琵琶湖で崇敬された水沼三女神は、天照大神と同じ神格をもつ日神から生まれた児神だから、朝廷の障害になったということらしい。

「湖北の神々」の著者山田郁郎の分析によれば、竹生島の祭神は、天武以前は奥津嶋姫が主神であった。つまり奥津嶋姫、滝津姫、田霧姫の三女神が竹生島神であり、この神を浅井氏が奉祭したから淺井姫なのである。その三女神を表に出して唱えることに政治的障害があったから、竹生島神と言い替え淺井姫と唱えたに過ぎない。という。奥津嶋姫を主神としているのは水沼君、奥津嶋姫、市杵島姫などの女神は玄界灘に浮かぶ沖ノ島の祭神だそうだ。やっぱりややこしい。

 

湖北に行くと、よく夭折の画家 三橋節子の絵を思い出す。

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