私の歴史探訪 音楽と何か

音楽と何か ①  ストコフスキー

 誰でも心の底で響く原点ともいえる曲がいくつかはある。そんな特別な音楽。私が多分5、6歳の頃、多分毎日曜日午前中にラジオから聞こえて来た、その日の空気も一緒になって思い出される響き。今ではそれが誰の演奏で何の曲かも分かっている、ストコフスキー弦楽合奏に編曲してそれを指揮した、ヨハン・セバスチャン・バッハ平均律クラヴィーア曲集の二十四番のプレリュードである。

戦後、テレビもなくラジオ番組といってもNHKぐらいしかなかったと思う。音楽をラジオから意識的に聴くという年齢ではなかったが、出だしの数小節は重厚で運命的な、うねっていくような、川が流れるような、形容し難い。ネットでそのアーカイブを調べても、10年ほど前に一度検索にかかったものが一件あったように思う。今は調べ方が不十分なのか全く出てこない。ああ、こうして記録や記憶から消えていくのか、とやや大仰に思ってしまう。

 一つ思い出したことがある。20年ほど前に読んだあの有名な作曲家の池辺晋一郎の『バッハの音符たち』という本の中で、彼も子供の時に聴いたと書いていたようなことお思い出し、先ずはその本の所在から探すことになった。積み重ねて埃を被っている中だけど、割と早く見つけることができた。

その部分を引用すると、

第二十四番ロ短調の「プレリュード」。子供の頃から大好きなのだ。あの頃、というのはつまり僕が小学校へ入ったか入らぬかの頃で、ラジオのクラッシック番組に、この曲をテーマにしたものがあった。弦楽合奏に編曲したものだったが、その美しさは幼い僕にも十分感じ取れたのだろう。いまだに、あの頃(実は病弱で就学が一年遅れたほどだったから)臥せっていた布団のぬくもりやくすりの匂いとともに、鮮烈に記憶がよみがえるのである。(以上 引用)

https://youtu.be/ezLWq6HOQc8

 池辺晋一郎は1943年生まれだから、私より2歳年上だ。私にもその音楽と共に思い出す風景はある。近所の友達の家から聞こえて来る風景もある。池辺晋一郎はその演奏が誰の演奏かとまで書いていないが、ストコフスキー独特の重厚なオーケストレーション、古いラジオならではの、思い出の中でよみがえる響きは決して再現できるものではないだろう。番組の名前は何だったのだろう。

 その他のストコフスキーの演奏で他に印象的なのはバーバーの「弦楽のためのアダージョ」。葬式などで時々流されていることがあって暗く悲しい響きはあるが、ストコフスキーの演奏はむしろ激しさがあって死者が蘇ってきそうな穏やかならぬ叫びを感じる。

https://youtu.be/MLaqaH3XcvE

それからショパン24の前奏曲の四番、本来ピアノ曲なのだが、ストコフスキーのオーケストラで聴くと全く別の曲かと思う。

https://youtu.be/zA8lZBbljUA

ストコフスキーではないが、それから少し時代は後だったかもしれない。テーマ曲にラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」の18変奏、ピアノコンチェルトのような曲。昭和30年代の「希望音楽会」のテーマ曲として使われていたらしい。日曜日の昼下がりの、何か幸せ感あふれる曲だった。

https://youtu.be/btpoudIVei8

 私の幼少の頃、ちょっと存在感のある電蓄(電気蓄音器)があった。ラジオの上にレコードのターンテーブルがあってSP盤を聴くことができた。SPのレコードも横に置かれたキャビネットの中に結構入っていた。小学生低学年だったが、自分でそれを装着できてその都度針を変えて聴くことは許されていた。そんな中で特に覚えている曲がある。ベルディだったかオペラ「トロヴァトーレ」の鍛冶屋の曲、グノーのアベマリア、サンサーンスの「動物の謝肉祭」の中の「白鳥」チョット毛色の違う「河岸の柳のゆきずりに ふと見合わせる顔と顔〜」という歌詞の「十三夜」

https://youtu.be/yjMHCzoneuM

戦後、何もない時代ではあったが、画用紙と音楽が十分にあって、今思えば幸せな子供時代を送れたと思う。

幼少の頃(4歳くらいかな)、市の官舎に暮していて、画用紙よりも大きくて自由な塗り立ての階段の白い壁に一階から二階まで汽車の絵を描いて、祖母に「追い出される」とこっぴどく叱られたのを覚えているが、そのあと塗り直したのか、どのように消したのかの記憶はない。