私の歴史探訪 25.「タタラ」を巡る 

「タタラ」を巡る ③

「タタラ」の語源の一説に

中央アジアの民族タタール人が持っていた『皮袋』が、製鉄作業の送風器具(吹子)に使われたところから、 『たたら』と名付けられたとも、インド地方の言語『タタール=猛火の意味』から転化したとも言われている。古代インド語のサンスクリット語でタータラは熱の意味、ヒンディー語では鋼をサケラーと言うが、これは出雲の鋼にあたるケラと似ていることなどから、たたら製鉄法はインドの製鉄技術が東南アジア経由で伝播したものではないかと言われている。紀元前1500~2000年ごろヒッタイトで生まれた製鉄技術は、主にインド~中国江南~朝鮮半島南部を経て、6世紀頃(古墳時代後期)日本へ伝えられたと考えられる… と諸説見受けられる。

ロシア語「タタール」は中国では「韃靼」と言い、もしタタールの流れで「鉄文化」がもたらされたのであればモンゴルあたりを経由した絹の道を通って来たのかもしれない。時代も場所も漠として定まらないが。

f:id:AchiM:20200706152127j:imagepinterestより

 しかし、最近知ったことだが、この6世紀頃とはかけ離れた説を見た。大分県宇佐市宇佐神宮の近くで発見された「重藤製鉄遺跡」についての記述である。

大分県国東(くにさき)市重藤(しげふじ)の海岸で、弥生時代前期に造られた鉄生産遺跡が見つかっている。生産遺跡では放射性炭素(C14)による年代測定が故坂田武彦氏(九州大学)によって実施され、紀元前695年の測定値が得られている。フェニキア人らが伝えた製鉄技術であることを証明している。というものだ。それについて賛否両論で、「ガセネタ」と言われたりとか、20年以上も前の検証なのだがそれ以降、その説が発展している証も見受けられない。だから、千年のギャップは定説として埋められないらしい。

しかし一方、肯定的な意見もある。フェニキア人が鉄の技術を発明したと言われていて、中国を経由せず、東アジアタイ北部のバンチェンを経由して紀元前10世紀頃、バンチェンで鉄を使っていたらしいという別のルートがあり得る。製法も違っている。という説。

中国の鉄は鉄鉱石から採るのに対して紀元前1500年以前から作られた鉄は土(アカツチ)から採られていたという。
火山地帯のものであるアカツチは、中国には存在せず、おそらくメソポタミア地方から伝わった製鉄の匠たちは、海を越えた日本でそれを発見し、仕事を始めたという。

 「環日本海謎の古代史』清川理一郎著の中で、重藤製鉄遺跡をもたらした人たちを「プロト宇佐族」と規定して、そのプロト宇佐族は丹波を本拠地としていたという。そして論を進め、彼らの源郷は黒海カスピ海に挟まれたコーカサス山脈を中心とするコーカサスの地であったと考える。

ついに話は、コーカサスまでやってきた。そして「コーカサス」と復唱すると、あの神話の世界、ギリシャの神、プロメテウスが現れた。ゼウスから火を盗み、それで人間を創り、その人間に火を与えてしまった。そしてゼウスの怒りに触れ、コーカサス山の岩に鎖で繋がれて毎日、禿鷹に臓器を食われ、苦難を受け続ける。

f:id:AchiM:20200705195229j:image鎖に繋がれるプロメテウス

 ここでのキーワードは、「火を盗み」「土で人間を創り」その火で「人間に命を吹き込む」その創造の営みである。まるで鉄を生み出す工程に似ている。『旧約聖書』のヨブ記の中で

「鐵(くろがね)は土より取り銅(あかがね)は石より鎔(とか)して獲るなり」とある。

そのコーカサス山脈の麓、今のトルコ辺りアナトリアのプロト・ヒッタイトが鉄の発祥の地と言われている。このプロメテウスの話、旧約聖書のアダムとイヴの話と比較するとどこか似ている。プロメテウスの名前、「先に考える人」即ち『知恵』を持ったひと(神だけど)、弟エピメテウスが協力者だが、神ゼウスの怒りに触れゼウスはこの罪を罰するため,ヘファイストスに命じてつくらせた最初の女性パンドラを,エピメテウスに花嫁として贈り,これによって人類を不幸に陥れる『禁断の壺』を開けさせる。その中から諸悪が溢れ出す。

一方、旧約聖書における人間創造も「土」からである。『創世記』に

主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。

イブが蛇に唆されて『知恵の木』の『禁断の実』を食べてアダムとイヴは神から楽園を追われる。『知恵』『禁断』がキーワードだが人間は『知恵』を絞って、『タブー』を犯し続けているのかもしれない。

 ベートーベンの管弦楽曲に「プロメテウス創造物」というのがある。生き物のことである。

https://youtu.be/H4oWlylXy2k

ベートーベンに心酔したフランスの文豪ロマン・ローランは「1819年2月1日・ヴィーン市庁宛の書簡」の中で、ベートーベンのことに触れ、

 (途中略)

超人的な奮闘と努力の歳月の後についに苦悩を克服し天職を-その天職とは彼自身の言葉によれば憐れな人類に幾らかの勇気を吹き込むことであったが-天職を完うすることができたときに、この捷利者プロメテは、神に哀願している一人の友に向かって「人間よ、君自身を救え!」と答えたのであった。

彼のこの誇らしい言葉からわれわれ自身の霊感を汲み採ろう。彼の実例によって、人生と人間とに対する人間的信仰をわれわれ自身の内に改めて生気づけようではないか。

1903年1月

ロマン・ロラン

私は高校生の頃、ロマン・ローランに心酔していて、「魅せられた魂」や「ジャン・クリストフ」を読んでいた。どういう訳か現在、これらの本は本屋でも見たことがない。其れはともかく、私は青春期の人の例に漏れず、訳もなく何者かと闘っていた。不幸だと思っていた。

そしてその救いをロマン・ローランの小説に求めていた。「プロメテ主義」と自ら名付けて…

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  最初の鉄器文化は紀元前15世紀ごろにあらわれたヒッタイトとされている。ヒッタイトの存在したアナトリア高原においては鉄鉱石からの製鉄法がすでに開発されていたが、ヒッタイトは紀元前1400年ごろに炭を使って鉄を鍛造することによって鋼を開発し、鉄を主力とした最初の文化を作り上げた。しかし、当初は製法は国家機密にされていたが ヒッタイトが紀元前1190年頃に海の民の襲撃により滅亡するとその製鉄の秘密は周辺民族に知れ渡る事になり、エジプト・メソポタミア地方で鉄器時代が始まる事になる。オリエントの主要勢力はほぼ滅亡するが、その後勃興した、あるいは生き残った諸国はすべて鉄器製造技術を備えていたという。

 日本における「鉄」生産を始めた時期の確定は、物証が一番だが古代の限りある書物から得られる知識のパズル解きも面白い。

 しかし、 「タタラ」から出発したのにその着地点になかなか至らない。ちょっと小休止して、

ボロディンのオペラ「イーゴリ公」から「韃靼人の踊り」https://youtu.be/-SS8cuCZMe0