私の歴史探訪 31.「ハレ」と「ケ」

祇園祭」は今年はコロナ禍のために中止とか。フランスの「革命記念日」Quatorze Juillet(パリ祭というのは日本だけらしい)も、聞くところによると、シャンゼリゼ通りのパレード・軍隊行進やセレモニーの一般市民参加も無くなって、部分的に行われて、それでも花火は上がったとか。フランス人にとってはこの「革命記念日」は一年のうちで最も大きなイベントだろう。「王政」をひっくり返して「共和制」を打ち立てた国民の「矜恃」を持ち、精神の拠り所を「トリコロール」に置いている。国民的イベントとして二百数十年前の生々しさがまだあるだろうなと思う。

https://youtu.be/jQfil00mjtw

一方、我が国の「祇園祭り」は歴史も古く夏の風物詩としてこれ程大きなお祭りもない。山鉾巡行と花傘巡行は中止で八坂の神事などは行われているらしい。が疫病祓いが疫病で中止というのも皮肉なものだと思う。あるいは出身地・故郷のお祭りには毎年、里に帰りお祭りには参加するという人がいるが、今年は不自由になっている人が多いかもしれない。

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 タイトルの「ハレ」と「ケ」について、我々の生活の中で何が「ハレ」で何が「ケ」なのか。例えば「ハレ」は「正月」など社会全般の祭事の場合もあるが、入学、卒業、入社、法事、結婚、などある種個別の団体・集まりの通過儀礼的にケジメとして神聖で特別な日の場合が多いように思う。「ケ」は日々送っている日常のことだろうか。「葬式」はハレそれともケ?私は「非日常」という意味で「ハレ」と思う。また「日常」を穢れとは思わない。

この「ハレ」の日、あるいは時に社会的に共有されるものとは何だろう。私の理解では、「ケ」という日常の秩序が「ハレ」の時にはその秩序が解放されるのだと思う。「お祭り」などはそのための道具・装置なのだと思う。「秩序の解放」は「秩序の逆転」でもある。卑近な例で言うと、ある会社で何かの企画の打ち上げパーティーがあったとする。いわば一種の「ハレ」の場、それが酒の場であったりすると、若い平社員が社長や目上の役職の人に対して「オイ、社長」とか「課長さ、それは無いすよ」とため口で話すことができる。多分、酒の力がないと難しいかもしれないが。まして日常の秩序の中ではおそらく無理だろうと思う。

「無礼講」という言葉がある。歴史も相当古いらしい。当初は歌会の衣装(身分によって着るものが決められていた)を自由にしたとか、多くは酒の席で特に武家社会の鎌倉時代以降、酔った弾みの言動・その無礼には寛大になっていったとか。社会学的に「ハレ」と「ケ」が考察されたのは民俗学者柳田國男が有名であるが、歴史的には古い概念であるらしい。むしろ昔ほど明快な非日常と日常の区分があったという。我々日本人の間で「ハレ」=「晴」、「ケ」=「穢れ」という共有される文化意識は、「晴れ着」、「晴れ舞台」などイメージしやすいが、どこの民俗か忘れてしまったが、収穫を祝う儀式で、酋長を広場の真ん中に立たせて、村人が酋長に芋を投げつけるということをするのを読んだことがある。まさに秩序の逆転である。社会の秩序や何らかの階層があるとすれば、それを維持する緊張感は必ず発生する。人類はどの社会であれ、そこに発生するフラストレーションを解消する方法を考え出したのだろうと思う。

 現代の社会、お祭り好きの傾向は強く、日常的にお祭り的なイベントが何処かしことなく繰り広げられているように思う。それだけ日常的に秩序による緊張が強くのしかかっているのだろうか。かつては「ハレ」と「ケ」のケジメは「聖」と「俗」のそれでもあったのだが、

むしろ今や情報化社会の中で、日々提供される、あるいは煽られ続けるディストラクション、正に「気を晴らす」ことになっていて、「聖」なる部分が薄れてしまったかもしれない。そして「ケ」の秩序よりも解放すべき「ハレ」の緊張の方が高くなっているのではないだろうか?