私の歴史探訪 36.AIとデュエット

最近、コロナ禍で合奏や合唱を同じステージですることが難しくなり、各家にいながらネットを通してそれを実演しているのを目にするようになった。間にインターネットという介在物があるので幾らかの遅れが送受信の間に生じて相当難しいと思う。ところが、障害を乗り越える時の知恵ってすごいと思う。ヤマハの「syncroom」というものが開発されて、双方がほぼ同時に音を合わせることができる。しかも安価で誰もが使えるようになったらしい。ホント優れものである。

AIとのデュエット、AIのピアノ伴奏とヴァイオリン奏者、ピアノの即興とAIロボットの歌などをやって見せた番組もあった。

 その時、ふと思った。この電子技術の進歩には驚くが、一方で感じる違和感…

確かに、この技術によって世界中が同時性を得られる。また、番組で語られていたが、「AIは疲れないから(?)いくらでも練習に付き合ってもらえる。」「AIの反応によってこちらの想像力も触発される。」など演奏家や作曲家の道具としても新しい時代のものと言える。

演奏家や作曲家にとって楽器は道具なのでその道具の延長としてのAIにはさほど違和感がないのかもしれない。AIがピアノ伴奏をする場合、カラオケと違って、AIが演奏者のテンポの変化や身体的な音の強弱をも瞬時に読み取って、演奏者に合わせる。実際に実演した演奏家は、その番組で「いやあ、全く違和感がなかったです。」とコメントしていた。

ここでも何かしっくりこない。「伴奏」の意味は「お伴させて戴きます」なのか?本来の語源accompgner 「一緒に行きます」とちょっとニュアンスが違うかなあ。

二人の演奏者がいたら例え「伴奏者」でも、その生身の人格との駆け引きが楽しいのだろうと思うけど。演奏が終わった後の喜びを、よくアイコンタクトや笑顔、抱擁で表す場面をよく見るが、AIに対して、果たして笑顔で共演の喜びを共有できるのかなあ?今の技術ではプログラミング出来そうだからそれも肯定的に見なければならないかもしれない。

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時々、街で(病院や役所、お店など)で挨拶をしてくれるAIロボットを見かけるが、私はヤッパリ苦手である。留守電に一方的に声でメッセージを吹き込むことが苦手なのと似ているかもしれない。

私はどうしても生身の人格との身体性を求めてしまう。その面で保守的だと思う。

 私はギターやピアノのデュエットを聴くのが好きだ。

https://youtu.be/5qF3qeHq_3s

https://youtu.be/IHcLggbHURw

AIは我々の生活をアシストしてくれるものとして発達している面があり、我々の人間の都合を最大限に押し付けている、いわばservant(使用人、召使、従僕)としての扱いでもある。相手は人格を持たない機械なので倫理的な問題は生じない。いや、待てよ、と思う。AIが限りなく人間に近くなって、我々の意識に変化は生じないのか。「機械」→「従僕」という意識の変化。後、数十年でAIロボットが人間の頭脳を超えるという危惧が実際に語られている。共生を超えて、主従が逆転するかもしれない。あるいは寡頭制の中で権力に結びついた抑圧者となるかもしれない。

話を戻して、AIロボットが歌ってピアニストと即興を演奏するアクロバティックな映像を見ての正直な感想は、全く良いと思わなかった。ロボットはピアニストに反応して確かに言語らしきものを自由にメロディーを伴い歌っているように見えたが、私が聴いたのは歌ではなかった。大きな理由は「発声の身体性」にあるのだと思う。我々がカラオケでマイクを持って電子回路の助けを経て増幅されたものを聴く場合でも、合成された電子音ではない。

 例えば、声楽科がよく言う、「身体は楽器だ」の意味。声帯そのものだけでなく身体全体が共振してより豊かな音になるということだろうか。声の出し方として身体全体にあらゆる技術が求められる。まさに「声」は「身体」の響きなのだ。ある研究では、人類の言語は「歌」から始まったという。声はコムニケーションの根底にあるのかもしれない。よく事件などの証言者のコメントを、その人の人権を守るために、その人の声に電子フィルターを掛けられたものを聞くが、もう慣れっこになっているものの、また仕方ないかと思うものの耳障りなものでもある。

 カラオケに行って機械に出来栄えを審査・評価され点数をつけられることがある。何をもって評価しているのだろうかと不思議に思う。音程が正確か、テンポが合っているか、使ったエネルギーの量だろうか、オリジナルに近いか、これらは数量化できそうにも思う。しかし、声音や声の感情表現となるとなると難しそうだ。

 

世界三大オペラ歌手の共演というのがあった。パバロッティ、ドミンゴ、カレラスの共演である。どのテノール歌手も力量的に甲乙つけ難い。が、好みから言えばダントツにパバロッティの声である。あのアイススケートイナバウアー」でみんな知ることとなった「だれも寝てはならぬ」。芋づる式にテノールの響きが思い出されてくる。私が学生の頃「黄金のテノールマリオ・デル・モナコ」歌手がいた。「道化師」の「衣装をつけろ」。そのもっと昔には映画「勿忘草」で主役だったフリッチョ・タリアビーニの甘い声が聴けた。曲も素晴らしいが、私は声に惚れている。

https://youtu.be/EwlE_qNSWLw

https://youtu.be/DEW4vRIiK3Y

https://youtu.be/sEzbPN38vkU

 多分、これからの技術進歩でAIの声を限りなく人間の声に近づけることができると思う。その時、AIも歌が上手くなっているだろうと思うが、私の聴きたいのはやはり肉体を響かせている声である。