私の歴史探訪 45.アール・ブリュット

 2008年3月、滋賀県近江八幡市で「アール・ブリュット/交差する魂」(ローザンヌ アール・ブリュット・コレクションと日本のアウトサイダー・アート)という展覧会があった。同時に近江八幡市文化会館で記念講演も行われた。

f:id:AchiM:20200826212218j:imageローザンヌ アール・ブリュット・コレクション

 このジャンルの人の作品の特徴や制作の方法も、多様性があるものの、ある共通したものもあるような気がする。

①生得的な作画衝動である。(作画方法が誰かに教わったものでなく、他者にどのように伝えるかの作為がない)

②絵画(彫刻)の制作方法が均一的である。(同じ作業を延々と続ける)

③表現領域に枠組みがなく無限に近い。(描きたいイメージが画用紙の枠を超えている)

など、もちろん傾向として私が直感的に感じる特性のようなものだが、これが徹底すると表現の強さにになり、意図的な構成や調整が排除されているのでストレートな表現になる。

このような才能を持った、「アール・ブリュットや」と思える人が意外に身近にいるのに気付いた。

すでに名をなしている人では、草間弥生の「丸」ばかりの作品が典型的なきがする。

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 「アール・ブリュット」(art bruite)フランス語で「生な芸術」という意味だが、今では領域が拡がって定義するのは難しい。

英語でアウトサイダー・アート(outsider art)と呼ばれていて、一般的に西洋の芸術の伝統的な訓練を受けていない人が制作した作品ということらしいが、19世紀末にフランスにアンリー・ルソーという画家がいて、正規の美術教育を受けなかった「日曜画家」(日曜だけ絵を描く素人画家という意味?)という範疇で捉えられていたが、「アール・ブリュット」の概念はちょっと違うようにも思う。

f:id:AchiM:20200826205108j:imageアンリー・ルソー

この名付け親は、フランスの画家・ジャン・デュビュッフェが1945年にアール・ブリュット(生の芸術)と呼んだことに始まるらしい。

f:id:AchiM:20200826212111j:imageジャン・デビュッフェの作品

強迫的幻視者や精神障碍者や自閉的精神疾患者の作品が1967年にパリ装飾美術館で初めて展示されて、その時初めて公的に芸術として認知された。その後、1972年にイギリスのロジャー・カーディナルがアウトサイダー・アートとして、社会の外側に取り残された者の作品で、美術教育を受けていない独学自習である人の芸術として、概念を広げ精神障碍者以外に主流の外側で制作する人々を含めた。プリミティブ・アートや、民族芸術、心霊術者の作品も含まれるようになった、という経緯がある。

 この「アール・ブリュット」の作家に多く共通するのは、社会生活に少なからず適応することが難しい自閉的な傾向を持った人が多い。

美術に限らず、音楽や文学など創作活動に携わる人の中にも、その傾向を持つ天才が少なからずいる。

人間は生得的に何らかの表出衝動を持っていて、ただ社会性を獲得する時それが社会生活で不都合だったり、他者とのやり取りでルールのようなものを身につけて調整する中で社会人として適応出来ていくのだが、一方、社会性に不都合な表出衝動は失われていく。

逆に見れば、社会に適合するのが苦手な人格は、表出衝動が消えずに生なまま残っていると言えないだろうか?

 2010年代には、日本のアウトサイダー・アートとして障碍者の芸術が海外で展示され好評を得て、日本でもその認識は高まっている。

友達、知り合いのお子さんも、岡山県にもそのような作画活動をしている人がいて、世界的に見れば相当多くの人が「アール・ブリュット」している人がいると思う。

心の底から湧き起こるイメージを、常識や整合性というフィルターにかからない、まさしく「生なまま」描き出す能力、素晴らしい才能だと思う。画家たちはそれを取り戻すのに四苦八苦しているようにも思う。

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社会化するまでの、我々人間の能力、まだまだ未解明だけど不思議が一杯である。

「書きたがる脳 言語と創造性の科学」アリス・W・フラハティ (著) に書き出したら止まらない「ハイパーグラフィア」のことが書かれている。モーツァルトの姉や父への膨大な手紙、ゴッホの弟への毎日のように書かれた手紙などの例も引用されている。書かずにおれない症候群とも言われる衝動的な脳の働き。どこまでも神秘である。