私の「イロハ」7.「ト」鳥

この岡山の家に来てから12年になる。家の周りは山や林、田んぼが多いこともあって、四六時中、鳥や虫の声が絶えない。声だけでなく鳥達と関わり合ったり、追い払ったり、一緒に歌の練習をしたり、可愛く思えることもある。

f:id:AchiM:20200918141330j:imageレリーフ「鳥の歌」

 まだ、リフォームが全くできていなくて、冬の寒い風を障子一枚で凌いでいて、寝ている枕元で朝方聞こえていたのがホトトギス。それに呼応する様に別のホトトギスが遠くで鳴くと、そのステレオ効果が夜明け前の空気に瑞々しく行き来していた。

 いつも虎視眈々と野菜や木のみを狙っているカラス、ほとんど見ないこともあるが、季節に関係なく、日によってやってくる数が多いこともあって、その時は鳴き声もひどく不気味ではある。ある時、外がうるさいなと思っていると、隣の畑の食べ頃のスイカが気の毒なくらい食い荒らされていた。

 同じように油断ならないのが、ヒヨドリである。庭に二本のさくらんぼの木があり毎年、沢山の実をつけてくれる。丁度実が赤くなると同時に、ヒヨドリが集団でやってきて放っておくと三日で全て食べ尽くしてしまう。それをやられてから、悔しいので次の年には木全体に網をかぶせた。するとヒヨドリは次々に網に突っ込んで何羽も首吊り状態になり、雀よりも身体が大きいので結構不気味で後の処理も大変で網での退治は止めた。その代わりに実がなり始めると、こちらがしっかりと先に収穫することにした。ところがヒヨドリも連携プレーをしてくる。私が家の中から姿を現すと、素早く警戒の叫びを出すヒヨドリがいて木に群がっている集団を素早く逃げさせる。私が姿を消すとまたやってくる。今や「半分分けてやるよ」という気分になってから、ヒヨドリも躍起になって来なくなったように思う、気のせいだろうけど。

 庭に穴だらけの木があって、ここに来た当時数年はキツツキがやってきて木を叩いていた。パーカッションの名手で軽快でよく響く。しかし、いつの間にか来なくなって、その代わりに散歩中に山の方から姿は見ないが軽快な音が断続的に聞こえることがある。

 田んぼでよく見るサギ、それもマダラのグレイのゴイサギが鯉を飼っている庭の池にやってきて、鯉の腹に大きな穴をあけた。その鯉は数日後に死んでしまった。先日近くを車で移動中峠の路傍に大きなゴイサギがまるで一人の老人のようにつったったまま動かないでいる。1メートル程の距離を通り過ぎても微動だにしない。何を考えているのだろう。

 流石に岡山、桃太郎のお供のキジを散歩中に時々見かける。大きな尾長のキジが低空飛行でちょっと不器用な飛び方で樹々の間を飛んで行く。近所の年配の人に言うと、「昔はもっと沢山おったけどなあ」猟友会の猟師がキジや鴨を撃っていたという。

 ちょっと勇壮なのは、鷹や鳶。遊んでいるのか、時にはカラスと空中戦をしていることがある。トンビは空中をほとんど羽ばたきもせずのんびり上空に浮かびながらクルクルと廻って、その優雅さを、思わずジッと見上げてしまう。時々テレビなどでカラスやトンビが人間に攻撃的な映像を見ることがあるが、この地方では穏やかな姿しか見ない。

 そのほか小鳥達も沢山いて、ジョウビタキメジロ、ウグイス、ハクセキレイ、みんな懐っこくてすぐ近くに来てくれる。夕方ある時刻になると、すずめの大集団が休耕田の草むらの中で一斉に鳴き始める。何か大きな音がすると一斉に飛び立ち雲のように旋回して程なく元の草叢に身を隠すか、時には電線を真っ黒い線にして止まる。

 気を入れて野鳥観察をやれば、まだまだ知らない鳥がいるんだろうなあ。目の前を行き来する鳥の動きを見ていると、それぞれ種によってなんらかの習性、法則があるようにも見える、忙しかったり、やたら誰かを呼んでいたり、仲良く二羽がジッとひと時楽しんでいるかに見えることや、追いかけ回してすぐに相方に逃げられるものもいる。いつも二羽の鳩が木の枝の中に巣を作っていて、急に飛び立つのでこちらが驚く。

f:id:AchiM:20200918141232j:imageモビールイカロス」

話は変わって、芸術世界の中にも「鳥」は頻繁に姿を見せる。

白鳥の歌」死ぬまぎわに白鳥がうたうという歌のことで、その時の声が最も美しいという言い伝えから、ある人が最後に作った詩歌や曲、また、生前最後の演奏などを言うが、最も心に残る歌は私の場合はなんといってもシューベルトの「白鳥の歌」第四曲の「セレナード」歌うのも好きだが、リストが編曲した曲をセルゲイ・ラフマニノフ(1942年に)がピアノを弾いている録音がある。

現代の研ぎ澄まされて、ある意味没個性的な角のない演奏に慣れている私には、この演奏は私が生まれる数年前、ビルトオーゾの超絶的な自己表現の強い演奏の名残だろうか、今の時代からは新鮮な響きがする。白鳥が最後の歌を歌う切ない響き。

https://youtu.be/X1bHRGh2onQ

 1996年、来日した七十歳を過ぎたマヤ・プリセツカヤ、「瀕死の白鳥」最後の公演と聞いて大阪フェスティバルホールへ観に行ったことを思い出す。今まで記憶の彼方にあってほとんど思い出しもしなかったこのバレーが、ラフマニノフの演奏をyoutube で聞いてその時の感じがくっきりと蘇ってきた。そして何故か共通の「白鳥の歌」の響きがした。ダンサーとしての最後の輝きとはこのようなものかという感動。youtube で探してみたがほとんど1975年以前のもので、私の思い出の中にあるプリセツカヤを見つけることは出来なかった。

https://youtu.be/eLsk-0wDoBM

f:id:AchiM:20200918141523j:image「イーグル」2020

 最後にしんみりとした「鳥の歌」

パブロ・カザルス「鳥の歌」国連での演説1971年

https://youtu.be/3umVAHJNUKE

カザルス「鳥の歌」ミッシャーマイスキーのチェロ演奏

https://youtu.be/zGFXvEYGDEU