私の「イロハ」18.「ソ」卒

「卒」、お馴染み「卒業式」、「業を終える」という意味の行事、誰もが一度ならずくぐってきた経験がある。この「卒」という字の意味をあらためて引いてみると、沢山の意味があって、「卒」のつく言葉も沢山ある。字の成り立ちは衣服の襟もとの象形らしい。

 

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①終わる。終える。

②俄に。あわてる。

③下級。

④身分の高い人の死

など。

「卒業」はまさに①「業を終える」に当たる。「卒倒」や「卒中」は②俄に倒れるなど、ここまではわかるけど、下級兵士を「一兵卒」と言い、「同心」や「足軽」など武家社会で末端の地位にあった人たちは明治時代初期に「卒族」という身分制度に入っていたそうであるなど、低いイメージがあるかと思えば「卒去」、律令制の世界では身分の高い人の死に用いる言葉であったりややこしい。

 日常使われる言葉もいろいろある。

「卒がない」「軽率な人」「何卒宜しくお願いします」など何故「卒」なのかよくわからない。

いつ頃だったか、新しい言葉「卒婚」を耳にしたことがあった。調べてみると、2000年代以降のことらしく、夫婦生活の新しい形態で、夫婦がお互いに干渉することなく個々の人生を歩んでいく生活スタイルらしい。いわゆる従来の結婚形態を終えるが、夫婦の籍はあるので離婚ではないという。2000年以前にも様々な夫婦関係、例えば「仮面夫婦」「家庭内離婚」「家庭内別居」などあったが、それとは違うという主張を明らかにするために「卒婚」と命名したのだろうか。

 「卒」とは少し違うが、人生後半に差し掛かった同じ頃耳にするようになった「断捨離(断舎離)」という言葉。

断捨離のそれぞれの文字には、ヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)に対応して、

断:入ってくるいらない物を断つ。
捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
離:物への執着から離れる。
という意味があると言われている。ウィキペディアでは不要な物を断ち、捨て、物への執着から離れることにより、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を開放し、身軽で快適な生活と人生を手に入れようとする思想とある。私の周りにも「断舎離」を実践している人がいて、「年賀状もやめました」とか「ドンドン物は捨てます」とか。気分は分からなくもない。きっと生活も軽快になるのだろうな。

 私はと言えば、物は増える一方、(何でも貰ってくる、拾ってくるで、)整理できずにいるのに、捨てるという発想がない。どんな物でも「いつか、何かに使える」と思ってしまう。木の端材、分解した電化製品、錆びた鉄材、使えそうにない大工道具、多量の瓦、伐採した木の枝、おそらくもう見ない雑誌、etc。時には管理が悪くてより朽ちていくものも。外の壁に掛けていた過去に出品した彫刻作品も、幾度かの嵐、風雨にあって見事に壊れて、ゴミと化してしまった。

 今まで、沢山の引っ越しをして、その度に物が増えていく。ここに来た時は、引っ越し屋にお願いしたがまる二日かかって、引っ越し屋も荷物の多さに根を上げていた。

 何故、物が増えて、減らないのか?モノへの執着心?整理整頓の能力の欠如?

でも「もったいない」という高尚な精神は持ち合わせてはいない。

ちょっと真剣に分析してみると、多分ものとの関係で、そのモノたちを何か別のモノに作り替えたいという意識は強いと思う。子供の時にかまぼこの板を貰って、船を作った、それが原点かもしれない。今は材料が多すぎて追いつかないが。でも、いつか!

 しかしこのスタイルは卒業できないでいる。